適応障害で休職した日|会社を休んでも人生は続く

体験談
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会社を休んでも人生は続いていく

 

どうも、いまだにトラウマを引きずる、メイ子です

 

この記事では、私の適応障害で倒れるまでの詳しい経緯などを書こうと思いました。

 

ゴリゴリに自分語りになるので、有益な情報があるわけではないですが、体験談を読む中で、何か感じてもらえたら嬉しいです。

 

救いや解決策がある記事ではありませんが、よろしくお願いします。

 

誰かにSOSを出すのはとても辛いことだ

 

誰かに助けを求めましょう

 

現実的に考えて、一人で辛い状況を打開するのは、なかなか難しいので、色んな人へ伝えている言葉です。

 

本当は、仕事で辛そうにしている人に、この言葉はあまり言いたくないのが本音です。

 

なぜなら、私自身もSOSを出せない人間だったからです。

 

できるならやってるよ!!!!

 

と、仕事で辛かった当時の私なら言うと思います。

 

それができないから辛いんですよね。

 

SOSを出すのは、自分の弱いところをさらけ出す行為で、とても怖いことです。

 

SOSを出せば、「自分が守りたいもの」を壊してしまう可能性があるからです。

 

私の場合の仕事を続けることで守りたかったものは、「私の生活」と「会社での出世への道」と「家族」でした。

 

一人暮らしでしたので、「仕事を休めば自分の生活は立ち行かなくなる」と思っていました。

 

また、出世欲も人一倍でした。

 

本当に好きな業種の仕事だったので、最年少で主任になりたいと密かな夢を抱いていました。

 

営業は得意ではなかったですが、結果を出そうと必死でした。

 

休んでしまえば、キャリアに傷がつくだろうと思っていました。

 

家族にも心配をかけたくなかった。立派に一人でやっている娘だと思われたかった。

 

要するに、守りたいものはプライドでした。

 

夢や理想の自分を壊したくなくて、辛い状況を抱えこみ続けました。

 

辛くなればなるほど、消耗して視野は狭くなり、誰にも言えません。

 

いや、言うのすら面倒くさいというのが正しいでしょうか。

 

どうせ言ったところで状況は好転しない。言うだけ損だ

 

そう思ってSOSを出せないまま、結局、倒れました。

 

でも、後から考えると、早い段階でSOSを出すべきだったと気づきました。

 

仕事を休んでも、辞めても。
人生はなんだかんだ続けれる、と知ったからです。

 

もっと自由で、適当で、嫌なら、嫌なところから逃げても良いんだって。

 

誰かに頼ったり、頭下げることは悪いことじゃないと気づいたのです。

 

一歩踏み出すのは、本当に怖くて身を切るように痛いことだと思います。

 

でも、辛いことから逃げるために踏み出せるように、自分の知ってる知識を共有することで応援したいと思っています。

 

「会社を休むのはとんでもないこと」と思っていた

私の休職するまでの状況をまとめておきます。

 

私は関東で一人暮らしで転勤をした時に、適応障害で休職しました。

上司のキツイ態度や発言に苦しくなって休むことになりました。

 

上司は取引先には外面が神がかり的に良い人間で、逆に社内や協力会社には無理や暴言を言いまくるタイプの人間でした。

売上は持ってくるので、社長にも意見しているレベルの人間でした。

だれも基本的に逆らえません。

そんな上司の元で働きました。

もちろん、私に一番あたりがきつくなります。

 

「もっと取引先を笑わせろ」

「取引先の担当にプライベートつぶしてでも気に入られろ」

「お前は性格暗いから直せ」

「全部遅いんだよ、グズ」

「お前営業のくせに服ダサ。それなりの格好しろよ」

 

みたいな感じが普通の会話でした。

大声で怒鳴られたりも、大きな音を出されたりも、私と話す時に明らかに不機嫌な感じも私が辛くなっていく理由でした。

しかし、アメとムチというんでしょうか。

 

「お前に期待してるから言うんだ」

「俺の言う通りにしたらすぐ売り上げが上がる」

「俺は社長になるつもりでやってる。おまえは二番手にするつもりでやってる」

「別にお前が厳しいのが嫌なら甘やかすけど?(当然出世はなくなるけどな)」

 

というような言葉で私の逃げる気力を奪っていきました。

 

出世を目の前にぶら下げられて、私は殴られたりはしないものの暴言が飛び交う、完全に軍隊のような上司との関係を受け入れていました。

 

とりあえず、上司から嫌われないように言われたことは全部やって、ヘラヘラ笑ってました。

 

とにかく疲れていましたが、新天地で慣れないせいだと思い、辛いとか悲しいとか考える余裕はほとんどありませんでした。

 

「熱があるかな」「だるいな」と思っても薬飲んで出社してました。

 

ついに電車で過呼吸で倒れる

 

だんだん体調が悪くなっていきました。

 

休日はずっと寝て、食事もほとんどできない、風呂も入れない状況でした。

 

でも、家族や友人に自分の状況は話していませんでした。

 

上司についていけない自分が悪い。もっと頑張ろう

 

と本気で思っていたので、自分がヤバい状況にいるとも気づいていませんでした。

 

ある日の帰り道、猛烈に気持ち悪くなり、電車の中で倒れました。

 

「女の子が倒れたぞ」
「大丈夫?」
「駅員呼んで来い」

 

という声は聞こえるのですが、体も口も動きません。

 

ぼんやりとした意識で、あんまりその後のことは覚えてませんが。

 

心の中ではとにかく謝っていました。

 

周りの人にも、会社の人にも、家族にも。

 

迷惑かけてすみません、生きててごめんなさい。

 

病院に着いて、検査を受けましたが、結果は「異常なし」

 

私は病院に運ばれて、意識ははっきりしましたが、謝りっぱなし。

 

もう大丈夫です、すいません。帰ります

 

ずっと謝って、涙が止まらない私をみて、お医者さんは静かに一言。

 

早めに心療内科を受診した方がいいですよ

 

この時にはじめて

「私は心療内科に行った方が良いくらいのレベルの精神状態らしい」

ということを知りました。

 

でも、この時の私はお医者さんの意見に反発してました。

 

心療内科ってうつ病とか本当に動けなくて困ってる人が行くところでしょう?そもそも明日も明後日も会社があるのに無理にきまってるでしょ!!??

 

 

病院から帰りながらもフラフラは止まりませんでした。

一応会社に救急車で運ばれた旨を報告すると、次の日は休むよう言われました。

 

明日の大事なプレゼンの資料できてない、どうしよう。会社行きたくないけど行かないとヤバいのに。どうしよう

 

そんなことを考えながら、1回目に救急車で運ばれた翌日は会社を休み、モヤモヤしていました。

 

大事なプレゼン当日に救急車で搬送される|「私の人生終わった」

救急車で運ばれた翌々日、大事なプレゼン日です。

 

プレゼン資料は休んだせいで出来ていません。

 

上司は私にこの件を一任していて「頼るな」と命令されていて、「絶対ウチの会社で案件取れ」と言われていたので進捗は言えずにいました。

 

早めに出社すれば間に合うレベルだったので、重い体を引きずり着替えました。

 

電車の中では会社に近づくにつれて、涙が止まりません。

 

周りにバレたくなくて、ハンカチで目を抑えて、顔を隠しました。

 

呼吸も苦しくなって、息がうまくできなくなりました。

 

なんとか乗り換え駅に着いたところで、力尽き、再び倒れました。

 

周りが騒がしくなるのを倒れながら聞きながら、ハッキリと思いました。

 

ああ、今日で私の人生終わるんだ

 

仕事にもまともに行けないなんて。なんてダメな人間なんだろう

 

もう無理

 

その後は、その日の業務を引き継ぐため、病院に人事や上司が来ててんやわんやでした。

 

上司の顔は怖くて見れませんでした。たぶん呆れてたと思います。

 

その日、人事が最寄り駅まで送ってくれたのですが。

 

Aさん(上司)はちょっときついから疲れちゃったのかな(笑)?
あなたくらいの年齢にはよくあることよ。

少し休んだらまた頑張れるわ

 

私はこの時、絶望を感じました。
私はこんなに辛いけど、人には伝わって無いんだ。

 

人事って、私に何があったか聞いてくれないんだ。

Aさんの指導を見ても「よくあること」なんだ。

 

 

こんなに辛いことが良くあることなの?

 

私はもう頑張れない。

 

頑張るくらいなら。

 

もう死にたい

 

次の日、心療内科に向かい、私の状況は適応障害だと診断されました。

人生は自由であり選択肢がある

 

以上の話が、私が適応障害と診断されるまでの話です。

 

自分語りすいません。

 

私は上司の元で働くうちに思考する力が無くなっていきました。

 

ここには書いていませんが、セクハラまがいのこともされました。

そういう生活をするうちに、自分はなぜ働いているのか、ということを考える時間もありませんでした。

 

 

いまの会社で働かなければ、私は生きていけない

 

という強迫観念の元、働いていました。

 

自分の存在を上司に踏みにじられ、自信がどんどん無くなりました。

 

冷静に考えれば、生活のためなら転職して、いまの会社で働かなくてもいいはずです。

 

失業保険もあります。

 

親に頭を下げる選択肢もあります。

 

親がダメなら国に生活保護を受ける手段もあります。

 

一度思考を整理すれば、方法はたくさんあるはずです。

 

でも、考えることがしんどくて。

 

行動して失敗することが怖くて。

 

私なんてどこ行ってもダメなんだと思って、「逃げる」という選択肢すら思い浮かべられませんでした。

 

 

別の場所へ逃げても良いと言われても、どこに逃げたらいいの?

 

 

そういう人は少しだけ勇気を出して、誰かに聞きましょう。

 

病院の先生、親や友人、ネットの人や近所の人、誰でも良いです。

 

逃げ方や知識を教えてくれる人はどこかにいると思います。

 

でも、やっぱり最終的に決めて行動するのは、あなたです。

 

いまの場所で流れが変わるのを待つか。
思い切って何かを自分で変えるのか。

 

正解はあなたしか知りません。

 

自分で決めたことには、後悔が出ないと私は思います。

 

みなさんに平穏な日常が訪れますように。

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ではでは、またね

 

 

 

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